卒論と現在

就活と卒論を同時並行していたのは1994年、あれから30年たちます。コンピュータが次第に「パーソナル」になっていく時期だったと思います。当時使用していた、一般教養「人文地理」の教科書には、GISの構成図が記載されていした 。いまやGISはフリーソフトにまでなりましたが、当時はパーソナルではなく、ハードディスクの容量が160MB「も」あると驚きました。先生からは、お前もコンサルに努めるのだからこういうのは覚えとかないかんぞ、、ということで、A0版の青焼きをデジタイザーに取り付ける作業をしていました。

関西大学の地理情報システムの構成(1994年頃)
関西大学の地理情報システムの構成(1994年頃)

その作業の横で、先生が「GIS技術が如何に優れていても、それを構築し利用するのは人である。出力された結果を評価するためには、入力データと処理過程の検討が必要だから」と話されました。その言葉は先述した教科書「人文地理」のなかでも述べられています。いまの時勢でいえば、GISをAIに置き換え、出力結果と教師データの比較ということになるでしょうか。

末尾至行・橋本征治(1994):「新訂人文地理 -教養のための22章-」大明堂

私は卒論で地形と過去の浸水範囲の対応を研究していました。空中写真を購入するお金がないものだから、国土地理院近畿地方測量部に空中写真を「閲覧(無料)」して卒論を書いていました(何と図々しい)。

卒論の対象としていた猪名川流域には、条里地割と思われる整然とした水田の配列と、旧河道に沿う乱れた水田の配列が判読できます。この境界で農作業をしていた方から、昭和28、34、42年に大きな水害があったが、ここで浸水の明暗が分かれていたと言うお話を頂いたことを思い出します。ここまで書いたら、つい卒論生に戻った気分になり、やりたかったことの構想を少しだけ練ってみました。

地図も空中写真も知的好奇心の不老泉です。AIもGISも便利な道具であって「混沌の中に秩序を見出す」、時空を超えた妄想旅行で独自の線を引く、これが卒論、そして現在の仕事に繋がる本質であり楽しみであることは変わりありません。GIS黎明期のシステム構成図をみて、そんなことを思い出しました。